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【物語】 スピード☆キング (8)

 以下の記述は創作物です。

 *

 [ スピード☆キング ]

 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話

 8.

 江田島の告白を聞いたタツ監督は、少し悩んだが、彼をそのまま一軍に帯同させることにした。いま、江田島の決意を無視し彼を二軍に落とすと、自分は一生後悔してしまうのではないかとタツ監督は感じたのだった。ただし、江田島の一軍帯同に、タツ監督は条件を付けた。大阪T軍との三連戦については、最大で二試合のみの登板とする。それも、各試合、一人の打者としか対戦しない。つまり、ワンポイントリリーフのみの登板になる。故障箇所の痛みや異変が起きたらかならず申告すること。投げるチャンスがなんとか残された江田島は、力強く肯いた。
「江田島さん」タツ監督が話しかける。監督室を出ようとした江田島が振り返った。タツ監督は江田島を、まっすぐ見つめて呟いた。
「優勝しましょう。絶対に」
 江田島は笑った。
 タツ、お前を胴上げしてやるでヤンスよ。絶対に。

 監督室を出た後、練習グラウンドに入った江田島は、フェンスの円周に沿って、ゆっくりとランニングを始める。地面を噛みしめる様に、ゆっくりと江田島は走った。左足の内転筋あたりに不愉快な感じが熾きた。プロ入りする前に故障した箇所だった。江田島はランニングをやめて、ストレッチをしていた若手投手の松原を誘い、遠投を始める。とりあえず六十メートル程度離れてふたりはボールを投げ合った。

江田島さん!」松原は伸びのある速いボールを投げながら叫び、江田島はそれを背伸びしながらキャッチすると、大声で返事をした。金なら持ってねえでヤンス!江田島の返球は山なりだが、きちんと松原の胸元に届く。「いや、そんなことじゃなくて!」じゃあ、いったいなんの話でヤンスか?

魔球ハリケーン!魔球ハリケーン!」と松原が叫んでいる。江田島は人差し指を口に持っていきながら、小走りで松原に向かう。シーッ!バカッ、声がでかいでヤンス!新聞記者とかあそこにいるでヤンしょ!ばれたらどうするでヤンスか!そういう大事なことは小声で話すもんでヤンスよ!「意地悪言わないで教えて下さいよ!」あのなあ、松原。「ハイ」おめえこれからもプロとしてやってくつもりなら、そういうことは自分で調べるのでヤンス。「わからないからきいてるんですよ!うちのパソコンで検索したんですけど、グーグルもインフォシークも魔球ハリケーンといえばミーちゃんケイちゃんばっかで、背番号一のすごいやつがフラミンゴなわけですよ。ピンクレディーだってさ。ふん。年頃のふたりが、水着の様な衣装を着て歌って踊って腰振ってって、いやらしい、ああいやらしい

 おれは、ミーちゃん派が大勢を占める中、ケイちゃんが好きでヤンした。忙しいとすぐに倒れちゃうあの細い体にハスキーな声。喪服が似合いそうなあの気だるい顔。ほんとに最高でヤンした。

そういうことを訊いているんじゃない!」松原が地団駄を踏む。
「魔球ハリケーンですよ!魔球!魔球魔球魔球!教えて下さいよ!」

 それは、できない相談でヤンスな。

 それを聞いた松原は、思わず激怒した。
なんですか、偉そうに言って!もったいぶって!値打ちこいてからに!
 松原は興奮のあまり故郷の訛り丸出しで訴える。「しれーっとしてからに!何ぅいいよるんですか!わしゃぁほんまいうて、人に頭を下げるんが大嫌いなんじゃけえの!じゃけども、素直にこうやって頭下げようりましょうが!じゃけどあんたは誤魔化してばっかりじゃろうが!つやーにしてから!ええ加減にせえよ!教えーや!じゃけえじゃ、どうでもええけえ、早う、わしに魔球ハリケーンを教えーやー、こりゃー!

 江田島は、怒り狂う松原がおかしくてならず、グラウンドを転げ回って笑い始めた。傑作なやつでヤンスな、キミは。大の大人がとる態度でねえでヤンスよ、ウケケケケ。「せえがどねんしたいうんなら!えーけーはよーわしに魔球ハリケーンを教えーゆよーろが、こりゃーおどりゃー!せえとも、なにか、ほんまは魔球ハリケーンやこーありゃーせんのじゃろー!ああ、そうか、そーゆーことじゃろーな。ほんまは魔球ハリケーンやこーありゃーせんのじゃ。そーじゃそーじゃ。あんたぁ嘘ついとうんじゃな。じゃろーが。じゃろーがな江田島さん」

 いや、それはほんとにあるのでヤンス。

「嘘ばーつくな!無いんじゃろーが、ほんまは」

 いや、ほんとにあるのでヤンスよ。

そしたら、証拠ぉ見してみいやぁ!

 江田島は、しばらく考え込んだ後、特別に一球だけ見せてやる、と答える。ふたりはブルペンへと歩いた。江田島は、ブルペンにいた新聞記者達をシャットアウトし、松原に投げ方を解説した。丁寧な説明だったが、松原にはよく理解出来ない。もう一度、江田島はゆっくりと投げ方を説明した。松原は、半分だけようやく理解した。「江田島さん、つまり魔球ハリケーンとは……」

 ちょっと、違うでヤンスが、おおかたそれで正解でヤンス。じゃあ、いいでヤンスか?よく見とくでヤンス。一球しか投げないでヤンスよ。そういって江田島はブルペンのマウンドを丁寧に均し、入念に屈伸運動を繰り返し、肩をグルグルよく回し、キャッチャーと何球かキャッチボールをして、それから、マウンドのプレートを踏んで投球動作に入った。松原は、息を飲んで見守っている。江田島にその存在を聞いて以来、見たくてたまらなかった魔球が、今目の前で再現されようとしていた。

 江田島は、ゆっくりしたモーションから、キャッチャーめがけて、『魔球ハリケーン』を投げ込んだ。キャッチャーは、江田島の投げた『魔球ハリケーン』を獲ることが出来ず後逸する。松原は、その球を見た後、驚きのあまり、しばらく呆然としていた。

(つづく)
# by dbw1969 | 2005-10-12 23:46 | 物語
【物語】 スピード☆キング (7)
 以下の記述は創作物です。


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 [ スピード☆キング ]

 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話

 7.

 新田の才能はその年の九月、完全に開花し、彼は自身初の打者部門リーグ月間MVPに輝いた。月間打率四割九分九厘、月間二十五打点、月間本塁打八本、月間七盗塁、月間長打率六割八分、月間出塁率六割四分四厘、という、驚異的な記録を残す。新田の活躍は、そのまま大阪T軍の成績に直結した。T軍はついに、首位を守っていた東京G軍を捉え、十月の頭、同率首位に並んだ。両チームの残り試合は五、うち三試合が直接対決である。その、まさに天王山となる三連戦を控え、両チームのメンバーが大阪に集まった。T軍の本拠地で、なおかつ高校野球の聖地でもある古い大きな球場が舞台となる死闘が始まろうとしていた。

 新田は、大阪市内に借りたマンションの一室で、重いマスコットバットを用い、素振りをしていた。これ以上遅くできないくらいゆっくりとしたスイングをする。その様子を、フィアンセの晴香(はるか)が録画している。牛の歩みの様な鈍(のろ)いスイングを、新田は何度も何度も繰り返した。晴香は息ひとつ漏らさずその様子を動画に記録していく。記録した動画は早送りやコマ送りなど様々な方式で再生され、新田は暇を見つけて自己検証を繰り返していた。

 ゴルフの選手が、スイングを固める際、ゆっくりしたスイングを何度も何度も繰り返して行う、と聞いた新田は、自分のバッティングフォーム作りに応用したのだった。ゆっくりと何度もスイングすることにより、筋肉にその型を覚え込ませてしまう。いわゆる「マッスルメモリー」である。記録された動画の種類は、全部で六十四種類あった。自分のバットが届く範囲のコースを六十四分割し、それぞれに対応するスイングを新田は作り上げた。このオフに、その数は百二十八に増える。最終的には、二百五十六種類の動画が完成する予定であった。

 おれな、ほんとうは天才ちゃうねん。

 そう呟いた時の新田の顔を、晴香は生涯忘れないだろう。陽気なプロ野球選手だと知り合いから新田を紹介され、程なく付き合い始めたふたりだった。最初、ビーンボールまがいの球を投げられ激怒して投手に掴みかかり退場となったり、ファインプレーを焦るあまりフェンスに激突して病院送りになったりする新田のことが、ひとつ年上の晴香には、可愛くてしょうがなかった。才能溢れるやんちゃ坊主に見えたのだ。まるで母親の様に、新田のことが愛しかった。晴香のそんな印象が変わったのは、新田と暮らし始めてからだ。外で会っていた頃には見えなかった新田の生活に晴香はとまどいすら感じていた。

 試合を終えても球場で特打ちをして、遅くに帰宅する。入念に体のケアを施し、食事を終えると、試合中に取ったメモをまとめてパソコンに打ち込んでいく。スコアラーに頼んでおいたデータを整理する。次に対戦予定となる投手の攻め方を考える。その姿は、まるで最前線で戦うビジネスマンのようだった。それらをすべてやり遂げると、新田は部屋の中でバットを振った。リビングの床はフローリングで、その上に敷かれた防音用の分厚いゴムマットは、あっという間にすり切れていく。優勝争いの中、ようやく一軍のレギュラーに固定された新田は、緊張感の高い連戦中、体調を崩しかけたことがあった。それでも新田はこれらの日課を絶やさなかった。病院に立ち寄り点滴を打った日にさえも。土気色をした顔でそれでもバットを振る新田を、彼の体を思いやって晴香は止めようとしたことがあった。そのとき、新田は小さな声で呟いた。おれな、ほんとうは天才ちゃうねん。でもな、この世界には、ほんまもんの天才がゴロゴロおるし、バケモンみたいなやつさえ珍しないんや。せやし、おれは頑張らなあかんねん。なあ、だからおれ、いま、負けたら終いや。天才じゃない、ただの野球好きのおれが、ようやく掴んだチャンスやねん。だからな、悪いけど、ほっといてくれ。こと、野球に関してだけは、おれのやりたいようにやらしてくれ。

 それから晴香は、新田のやり方に一切口を挟まないことにした。その代わりに晴香は、前にも増して心を込めて食事を作った。家事全般を完璧にこなしていった。そのほかに、晴香は新田の本当の姿を知って、彼を献身的に支える決意を固めていた。表向きには、明るく振る舞って強がりをいい、大言壮語を吐き続けていたが、その裏側にある臆病さも、また生い立ちや家庭環境に起因する新田の、表現しようのない複雑な思いも全部、晴香には見えていた。だから晴香は、新田の試合をテレビで見ながら、彼が画面に映るたび、祈り続けた。苦しく生きているこの人が、なによりも大好きな野球をずっとずっと続けられる様にと、晴香はテレビの前に正座して、胸の前で両手の指を組み、ひたすら願い続けた。

 *

 江田島の異変に気がついたタツ監督は、試合前、監督室に彼を呼び出して尋問した。「江田島さん、正直にいってくれ。どこなんだ?痛いのは」

 江田島はニヤニヤ笑いながら、別にどこも悪くないでヤンス、とシラを切る。この歳になってどっか異常があれば毎日毎日投げられるわけがないでやンしょう。「嘘つけ!」タツ監督は叱責する。「何年一緒にいると思ってるんですか?あんたが体のどこかを痛めてるのくらい承知ですよ。肩か?肘か?それとも背中か?これは、監督命令です。正直に言えよ、江田島さん。悪い様にはしないから」どこも痛くねえっていってるでヤンスよ。「そうですか」タツ監督は毅然とした口調になった。「江田島さん、あんたがそういっても、ぼくはあんたの言い分を信用するわけにはいかないんだよ。選手の体の管理もぼくの仕事だからな。あんたには」一拍おいてタツ監督は宣告した。「もう今シーズン登板してもらうことはない。登録を抹消する。あんたを壊してまで投げさせることはしない。悪く思わないでくれ」

 江田島は、タツ監督の喉を握りつぶす様に掴むと「おい、おめえそんな事してみやがれ、ぶっ殺すでヤンス」と低く脅す。「おれ様を登録抹消だと?笑わせるんじゃねえでヤンスよ。なあ、タツ、おれ様のこの数試合のピッチングを見て、そういうことをいうのでヤンスか?おれは、どこも悪くないのでヤンス。自分でいうのだから間違いがない」タツ監督は江田島の腕をふりほどいて答えた。「あんたがどれだけ嘯こうとも、あんたの登録は抹消する。これは命令だ。決めるのはぼくだ、あんたじゃない」頼むから、それだけは勘弁してくれでヤンス。江田島は困り果てた顔になり何度も懇願するが、タツ監督は首を横に振り続けた。江田島はとうとう土下座をして直訴した。タツ、登録抹消だけは勘弁してくれ、後生でヤンス。「ダメだ、無理だよ江田島さん。土下座してもダメだ。というか、土下座する事自体、あんたが故障してるって白状したも同じじゃないか。故障した選手を使うほどぼくは愚かじゃない」

 とうとう江田島が告白した。……悪いのは、肩も肘も背中も全部だ。古傷の膝と股関節も悪い。むしろいい所を探すのが難しいくらいでヤンス。だけど、おれは投げるのでヤンス。投げたいのでヤンス。おれにはもう、来シーズンなんか無いのでヤンスよ。分かっているのでヤンス。自分の体だから、どうしようもないくらい分かってしまうのでヤンス。ピッチャーとしてのおれは、もう今年限りしか存在出来ないのでヤンス。だから、お願いだ。ゲーム展開にもよるけど、残り試合全部、出来ればおれを使って欲しいのでヤンス。

「体が悪いのなら、なおさらだろう。今、ケアをすれば、来年も現役を張れるかもしれないでしょう」タツ監督は冷めたお茶に口をつけて答えた。江田島はそこで、第二の告白を始めた。今年で燃えつきなければいけない理由があるのでヤンス。「なんなんですか、それは?」

 実は……、その後に続く江田島の告白を聞いた瞬間、タツ監督は驚きのあまり飲んでいた茶を吹き出した。


 (つづく)
# by dbw1969 | 2005-10-12 00:13 | 物語
【物語】 スピード☆キング (6)
 以下の記述は創作物です。


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 [ スピード☆キング ]

 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話

 6.

 バッティングフォームをマイナーチェンジして、好成績を挙げ始めた新田の元に、ある日、「新田財閥」からの使者が訪れた。使者は単刀直入に訊いた。メジャーリーグへ挑戦する気はあるか?と。新田は突然の申し出にきょとんとするばかりで答えることが出来なかった。使者は続けた。あなたは、「新田グループ」のイメージキャラクターに採用された。ついては、それにふさわしい存在となってもらわねばならない。それには、あなたがメジャーリーグで活躍することが一番の近道である。たとえば『エ●オス』のイ●ロー、『コ●ツ』のゴ●ラ、そのような存在になっていただきたいのだ。

 話を聞きながら、新田は「ははん」と気がついた。新聞など読まない新田でも、新田コンツェルンが窮地に立たされていること位は見聞きしていた。というより、ここまで具体的な話を持ってくるということは、自分の意志に関係なく、もう全てが決定してしまった後で、断ることは絶対に出来ない。幼い頃から、絶対的家長であった祖父や父のやり方を見てきた新田は、確認の為に、使者へ質問した。おれの希望だけでは、メジャー挑戦は出来へん。使者はすんなりと答えた。全ての準備は、もうすでに滞りなく整っている。球団の了承も得たし、少なくとも関西のマスコミ各社は押さえた。何も問題ない。新田は、それを訊いて、黙って肯くほかになかった。

「新田グループ」の在米法人は、「ロビー活動」を密やかに進め、新田がポスティングを利用した際に獲得へと動くメジャー球団の確保を工作した。ほどなく、比較的設立の新しい東部地区球団が、入札へ参加することに決まる。その球団のオーナーは新田グループと懇意で、また、資金調達や企業間の技術提携など、本業へのバックアップが期待出来る、という実利を計算に入れると、オーナーにこの申し出を断る理由は何一つ無かった。また新田グループは、新田が在籍する大阪T軍への配慮も抜かりなく施した。T軍の親会社および関連企業に、「新田がメジャーへ行く際に発生する利権の一部」を無償提供すると密約したのだ。かくして、水面下で新田グループの目論見は着々と進行していった。

 もともと、メジャーにあまり興味の無かった新田だった。アメリカに夢を抱いたこともなかった。だが新田は、一族の決定に刃向かうことはしなかった。全てを黙って受け入れた。自分を天才と吹聴し、時にはマスコミやファンにさえ悪態に近い暴言を吐いたこともある新田だったが、祖父や父、兄には逆らったことがない。自分で自分の未来を決定したことなど一度もなかった。大阪に生まれ育ったのに、北海道の高校へと野球留学したのも父の鶴の一声だった。本当は、G軍の番長が卒業した高校へ行きたかったのだが、その願いすら申し出ることが出来なかった。北海道の高校の野球部で外野のレギュラーを獲り、甲子園で実績を上げて、大阪T軍へ指名された時でさえ、新田は本当のことを言わなかった。

「子供の頃から憧れていたT軍に指名して貰ってほんとうに嬉しい。入団したからには、一日も早く一軍のレギュラーを勝ち取り、この天才の力を、世間様に存分に見せつけようと思う」

 このように「指名の喜び」を語った新田だったが、この発言は全くの嘘だった。新田は、実を言うと、筋金入りのG軍のファンで、幼い頃は、G軍の江田島の大ファンであった。江田島と、T軍の布掛が対決し、江田島が打たれようものならば、わが事の様に落ち込んだし、逆に三振に討ち取れば、テレビの前や球場のスタンドで、飛び上がって喜びを表現したものだった。会見場に現れた兄から、指名されたら「そのように言え」(「天才」のくだりは新田のアレンジであるが)といわれたので「T軍のファンである」と発言したに過ぎない。

 とにかく、一族の命令に対しては、極めて従順な新田だった。新田は家族に過剰なほど愛されて育ったが、従順の理由は、それだけではない。新田の生まれには秘密があり、彼はそれに早くから気がついていた。彼は、両親から産まれた子供ではなかった。彼の本当の母親は、父のすぐ下の妹である。新田の生みの母は、奔放な性格をしていて、若い頃ふらりと家出をして、またふらりと家に戻ってきたと思ったら、まだ出生届を出していない幼子を抱えていた。その子供――新田のことだ――を預けると、生みの母はまたもやふらりと家出してしまった。長らく消息の掴めなかった生みの母が、便りを送ってきたのは新田が十歳の時だった。アメリカから届いたそのエアメールによると、生みの母は片田舎で始めた日本料理屋が成功し、支店を出すことまで考えるほど事業が軌道に乗ったらしい。その手紙の中で、生みの母は、新田に対する申し訳のない気持ちを切々と書いていたのだが、十歳の新田はどういうわけかある日それを読んでしまった。ショッキングな内容であったが、新田はすんなり納得した。

 祖父にも父にも兄にも全く似ていない自分がずっと不思議だった。なにより、小柄な彼等一族の中で、新田は飛び抜けて背が高かった。骨格からして違った。運動音痴な血統に生まれた新田なのだが、ことスポーツに関しては誰にも負けたことがない。また、何時間でも机に齧り付いて勉強出来る兄たちの勤勉な姿勢が自分に備わっていないことをいつも不思議がっていた。それも、自分と兄たちの遺伝子が半分以上違うと知って、新田はようやく納得した。なんや、そうやったんか。なるほどな。幼い新田は納得して、それからはますますスポーツに夢中となった。そして、自分が過剰なまでに愛される理由のひとつに、自分が「捨てられた子」であるという哀れみがあることを知った新田は、父や兄に逆らう事が出来なかった。愛してくれる人たちを、悲しませたくなかったからだ。

 *

 G軍とT軍のデッドヒートは九月下旬になっても続いた。全体的に戦力が若いT軍に対し、G軍はロートルが多く、ここへ来てその影響が現れ始めた。故障者が続出した。四番を張るサードの小坂が、無理な守備が祟り登録を抹消されると、呪われた様にG軍の古株選手は次々と怪我をしていった。それでもなんとか首位を守っていた。二軍から上がってくる若い選手たちが日替わりで活躍したことと、なにより、老体の江田島がフル回転で投げ始めたからだ。チーム事情もあったが、江田島の登板回数が増えたのは、本人の申し出があったから成し得たことだ。江田島はタツ監督に願い出た。絶対に試合を壊さないから、おれをガンガン使うでヤンス。投げたいのでヤンス、と。

 江田島は、少しでも体力を温存する為に、投球練習を減らしてほぼ毎試合登板した。試合で投げる球数も、当然少ない。抜群のテクニックを駆使して、のらりくらりと誤魔化す投球は相変わらずだった。だが、球を受けている捕手と、タツ監督は気がついていた。ここぞという一球を投げる時、江田島の表情から、余裕が失われていることに。


 (つづく)
# by dbw1969 | 2005-10-06 23:34 | 物語
【物語】 スピード☆キング (5)
 以下の記述は創作物です。


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 [ スピード☆キング ]

 第一話 第二話 第三話 第四話

 5.

 大阪T軍の新田は、右肩上がりの成績と反比例して、少しずつ無口になっていった。かつては、記者やファンに何かを訊かれるたび、自分のことを「天才」と呼び、顰蹙や失笑を買ったものだが、もうそんなことはなくなっていた。殊勝になったわけではない。彼は、もう自分のことを「天才」という必要が無くなったのだ。理由はそれだけだ。

 おれのプレイを見てくれ、
 そうすればおれが「何者か」いうんは、言わずともしれたことやろ。

 心の中でそう思うだけで新田は満足だった。

 さらに、彼が無口になった理由は、もうひとつある。

 新田の才能が開花したことと、彼が来シーズンメジャーリーグに挑戦すること、そのふたつの事実は、実際を言えば、まったく相関していない。彼が、このオフ、ポスティングシステムによりメジャーへ行けるのは、球団並びに本人にとっては既定の路線となっていたが、この話は、彼等関係者の間でトップ・シークレットとなっていた。なぜならば、このポスティングの話自体が、タンパリング(事前交渉)に抵触し、表沙汰になると、スキャンダルに発展する可能性があったからだ。

 新田は、関西の資産家の三男坊で、実家は某一部上場企業の創業一族である。そのコンツェルンは巨大で、末端各社まで数えると莫大な企業数となった。間違いなく、阪神間ではトップに位置する財閥といえた。ところが、その中核となるメーカー系のグループ会社が、昨年、従業員並びに経理上の不祥事を立て続けに起こしてしまった。大規模なセクハラ隠し(ターゲットになったのは主に立場の弱い派遣社員だった)と、愛人に狂った中間管理職の使い込みが発覚し、企業イメージが著しく損なわれたのである。当初、事態を軽く考えていた経営陣だったが、不買運動や株価の下落など、実害がグループ各企業へと及ぶに至って、一族は真剣に対策を講じなければならなくなった。

 メーカー系のグループ企業は、イメージを損なわれ、大きな痛手を負っていた。消費者の多くは、実際のところ、製品の性能の善し悪しなどあまり気にしないものである。というより、「性能差などたいして分からない」といった方が正しいかもしれない。事実、メイド・イン・ジャパンの刻印があれば、買って数日もすれば壊れるといったトラブルは極めて稀であるし、アフターサービスも保証され充実している。つまり、例えば、パナソニックだから買う。トヨタだから信用する。その根拠に具体的な妥当性がなくても、商品はある程度売れてしまう(もちろん、必ずしもそうだと言っているわけではない)。

 最悪だったのは、ほぼ同時期に、メーカー系グループ企業の女性用に新開発した商品に採用したタレントが、発売間もなくレイプまがいの事件を起こし、刑事告訴されたことだ。セクハラや愛人貢ぎの事件と相まって、世の女性から総スカンを食らってしまったのであった。だからこの企業の業績は、見る見るうちに落ちていった。このまま放置しておくと、連結決算子会社などにも激しく影響してしまう。そこで、中核企業のトップ並びに創業者一族が、新田の実家である屋敷に呼び出され、彼等は頭を突き合わせて会議を行った。

 この事態を切り抜けるには、どうすればいいのか?答えは分かり切っていた。企業イメージを再構築する。ではいったい、どうすればいいのか?簡単な方法が二つ提案された。慈善、あるいは環境問題への取り組み等、ボランティアを行う。もうひとつは、イメージキャラクターを採用する、というものだ。新田のすぐ上の兄が、ボランティアについてはすぐさま却下した。新田の兄は分かっていた。ボランティアは、コスト計算が立ちにくい。効果も即効性を期待出来ない。残りは、イメージキャラクターの採用だった。

 彼等は、そのイメージキャラクターに、一族の血縁者を選んだ。創業者の直系一族、プロ野球選手である新田に、白羽の矢を立てたのである。


 (つづく)
# by dbw1969 | 2005-10-02 12:20 | 物語
【物語】 スピード☆キング (4)

 以下の記述は創作物です。


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 [ スピード☆キング ]

 第一話 第二話 第三話

 4.

 東京G軍対大阪T軍の三連戦は、共に一勝一敗のまま三戦目を迎えていた。G軍が勝てば、マジックが再び点灯するが、T軍が勝てば、G軍は2.5ゲーム差まで詰め寄られてしまう。天王山というにはおおげさであるが、共に、重要な試合だといえた。江田島は、中継ぎ投手でありながら、四十七歳という野球選手にとって「おじいちゃん」な年齢もあって、基本的には中四日前後の登板間隔を必要としていたが、主戦投手の故障が重なったため、無理せざるを得なくなっていた。一戦目には、一回と三分の一、三十球を投げ、この三戦目、五回の裏に、江田島はブルペンへ入った。ブルペンキャッチャーとキャッチボールを始める。横では、先発ローテ入りを目指す五年目の松原が急ピッチで肩を作っていた。長身で腕の長い松原は、G軍の中でも指折りの速球投手なのだが、球種は少ないし、また球の出所が見えやすいフォームもあって、なかなか安定した成績が残せていない。

 江田島は、キャッチャーを座らせて、本格的な投球練習を始めた。コンパクトなスリークォーターのフォームから、角度よく外角低めに曲がり落ちるカットボールを投げる。次に、同じコースへとナックルカーブを投げ込んだ。松原はその投球を憧れの眼差しで見ていた。どんなに速いストレートであっても、進化を重ねるプロの打撃技術に対して、連打の可能性は常にあった。けれども、江田島の様に、鋭く変化する球を、何種類も投げられれば、そうそう続けて外野へと打球を運ばれはしない。江田島は次に、右へと滑り落ちるスクリューボールを放り、それから松原へと向いて笑った。真似したいってか?二十年早いでヤンス。キミは若いのだから、ガンガン速球を投げればいいのでヤンスよ。

「いやぁ」松原はブルペンのマウンドを蹴りながら呟く。「ストレートだけじゃあ、どうしても」松原は速球を投げた。ブルペンに心地いいミットの音が響く。それを受けた瞬間、キャッチャーは、オッシャー!と叫び松原を褒めた。江田島も松原を持ち上げた。あいかわらず、い~い球を放るでヤンスねキミは。若さに溢れ、まったく、羨ましい限りでヤンス。「その若さが」松原はキャッチャーからボールを受け取り愚痴った。「若さが、憎い。にくいにくいにくい」卑下してはダメなのでヤンス。「おれは、自分の未熟さが嫌いなんです。もっと、完成されたピッチングをしたい。きちんとコーナーを突いて、緩急つけて」次に松原はスライダーを投げた。その球は縦に少し曲がってキャッチャーミットに収まる。ナイスボール!とブルペンキャッチャーが吠える。

 ピッチングに完成なんか無いのでヤンス。江田島が自重気味にいう。納得のいくボールばかり投げたって、打たれねえ保証なんかありゃしねえでヤンしょう。「そのとおりですよ。でも、どうしていいのか分からない」松原はブルペンにあるモニターを眺めた。T軍が攻撃中で、バッターは新田だった。新田は、外角低めのストレートを右中間に運び、猛スピードで一塁を駆け抜け、二塁へと滑り込む。二点が入りG軍は逆転された。「あのガキ」松原は吐き捨てる。「調子に乗りやがって」

 新田は、突如として化けた。彼は、天才を気取り、大振りなスイングで、時折胸の空く様な長打を打つけれど、ムラのかなりある選手だった。だが、バッティングフォームをマイナーチェンジした結果、スイング軸が安定し、きちんと球を捉える事の出来るコースが格段に広がった。「率」を残せる打者に変身したのだ。彼はある日のフリー打撃中、ふと思いついて、スイングの際の踏み込みを微妙に小さくした。その結果、体重の移動は小さくなるが、上下左右の「体のブレ」が起こりにくくなり、加えて、スイングのスピードが速くなることを発見した。なにしろ自分の思ったところへバットがスムーズに素早く出ていく。そのおかげで飛躍的にミート率が良くなり、長打率も上がったのだった。松原は、前日の登板で、新田に痛い一打をレフトスタンドに浴びた。だから、新田の活躍が腹立たしくて仕方がない。「あのガキ。畜生、あのガキめ。くそっくそっくそっくそっ」 ガキめ、と悪態をついているが、新田と松原は同い年だった。ドラフトの年次も一緒だ。ともに二十四歳、まだまだこれからの選手である。

 江田島が声をかける。あのよう、松原。
「ハイ」と返事した松原に、江田島はショッキングな台詞を吐いた。

 今のおめえじゃあ、あの若造にゃあ勝てねえでヤンス。モニターの中で、二塁ベースから少し離れリードを取っている新田を眺めながら、江田島は続ける。おめえの今の力では、ストライクゾーンじゃあ、あの若造と勝負は出来ません、でヤンス。ストライク投げたら、少なくとも、バットには当てられちまう。(ボールを)転がされりゃあ、あの足だから、内野安打が恐い。芯を食えば絶対に外野の頭を抜かれる。……あいつは、化けやした。来年には、三割三分、三十五本塁打を確実に打てるバッターになるでヤンス。

(日本にいれば、の話でヤンスが、来年はメジャー行きだからなぁ)と心の中で思いながら江田島は語った。大先輩によるショックな指摘のせいで、松原は雷に打たれた様な気分でブルペンのマウンドに立ちすくみ、青白い顔色になっている。

 ビシビシとペースアップして投げ込みながら、落ち込む松原を、江田島は勇気づけた。ただし、あの若造をおさえる方法が全く無いわけじゃないでヤンスよ、キミにも。松原は顔を輝かせて江田島を見た。「マジですか!」もちろんでヤンス。「教えて下さい」今シーズンはちょっと無理でヤンスが、来シーズンには間に合うでヤンス。「いいから、教えて下さい」

『魔球ハリケーン』を覚えればいいのでヤンス、と江田島は胸を張った。

「ま、魔球ハリケーン?」そう。「何ですか、それ」知らねえのでヤンスか、あの、魔球ハリケーン、を。「知らないです、そんな変化球」 おめえはピンクレディーを知らねえのか?ベンチのサインは敬遠だけど、逃げはイヤーン♪という、あの名曲を。知らない、とな?「知りませんよそんなの」 時代も、変わったもんだでヤンス。「いいから、教えて下さいよぉ」

 やりとりしているうち、江田島に声がかかった。出番だ。江田島がリリーフカーへと足を運ぶ。松原が江田島の背中に叫んでいる。「教えて下さいってば!」江田島は、「サウスポー」を振り付け付きで口ずさみながら歩き、振り返らないまま、満員の客が待つグラウンドへ出ていった。


(つづく)
# by dbw1969 | 2005-09-30 23:38 | 物語




by dbw1969
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著者について
 【Writer】
   dbw (ケン一)


2004年10/1時点にて35歳独身の男性。日本在住。金属加工系の職人。顔は全くいけていない。食欲旺盛。ちなみに、メールは dbw1969●excite.co.jp
(●=@です)


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