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【物語】 スピード☆キング (14)

 以下の記述は創作物です。

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 [ スピード☆キング ]

 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話  第八話
 第九話 第十話 第十一話 第十二話 第十三話

 14.

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“ おめえか、リトルのMVPっていうのは?入れ、バッターボックスに。ちょっくらもんでやる ”

 中学の野球部に入部したばかりのタツ監督はあの日、初めて江田島と対戦した。フリーバッティングの練習中、素振りをしながらそれを眺めていたタツ監督だったが、江田島が指名して、ふたりの対戦が叶った。

“ いいか小僧。おれは、絶対に打たせない。かすりもさせない。打てるもんなら打ってみろ。当てれるもんなら当ててみやがれ。もし、ほんとにかすりでもしたら、そうだな、練習が終わったら、ラーメンでも奢ってやる。だから本気でかかってこい。いいか?じゃあ、いくぞ ”

 まだ幼い体をした十三歳当時のタツ監督は、喜びに震えていた。彼はその一年前、十二歳の時、リトルリーグの世界大会を制したチームに捕手として所属していたのだが、同じチームのシニアへと進まなかった。理由はたったひとつだ。軟式の中学野球に突如現れた噂の剛球投手、江田島の存在があったからだ。少年のころのタツ監督は、なんどもその中学に足を運び、練習を見学していた。江田島の投球は噂通りだった。なにしろ、確実に捕球出来るキャッチャーが存在しなかったほど、江田島の球は速く、キレがあった。タツ監督は、江田島に憧れを持った。キャッチャーとして、この人の球を受けてみたい、と思った。シニアリーグに進めば、硬式野球を続けることが出来る。だけど、軟式に留まってでも、この人のボールを受けてみたい。そう思わせるだけの球を江田島は投げていた。

“ 本気で行くぞ。全球ストライクゾーンだ ” と宣告した江田島にしても、噂のMVP選手であるタツ監督の入部が嬉しかった。やっと、自分の本気の球を受けてくれそうな捕手が現れたのだ。幼い頃から続けていた、地道なトレーニングが実を結び、中学二年の夏過ぎあたりから急激に球速を増した江田島のボールを受けることの出来る部員が、その中学の野球部にはいなかった。中学二年の時、秋の県大会予選で先発した江田島は、あっけなく敗北したのだが、その時の自責点はなんとゼロだった。パスボール、振り逃げ、その繰り返しで江田島は敗戦投手になったのだ。ノーヒットノーランで、江田島は負け投手になったのである。だから江田島は期待を込めてタツ監督を打たせることにした。自分の球を打てなくとも良い。どこまでついてくることができるか、その反応を見たいんだ。スピードに対する反応を確かめてやる。

 全ての野球部員が見守る中、キャッチャーなしの状態で、バックネット代わりに建てられたブロック塀に向かって、十五歳の江田島が投げた。その一球目、十三歳のタツ監督は、スイングをする事が出来なかった。たしかにボールはべらぼうに速かった、だけど手が出なかった理由はそれだけではない。今まで見たことのないボールが、十八・四四メートル先からぶっ飛んできたからだ。リトルとはいえ、世界大会で、各国代表の速球投手と対戦してきた少年時代のタツ監督だったが、そんなボールを今まで見たことがなかった。

“ どうした、小僧?振らなきゃ当たんねえぞ ” ブロック塀に当たり跳ね返ったボールを少し前進して捕球しながら江田島が笑う。江田島は上機嫌だった。いい見送り方だ。こいつのセンスはすごいものがある。合格だ。おれの球を受けるのはこいつしかいない。江田島はタツ監督を一球で認めた。二球目を投げる。タツ監督は空振りした。“ ほう…… ”と、江田島が溜息をつく。タツ監督のスイングはシャープで速かった。軟式野球の打ち方ではなかった。脇をたたみ、バットではなく肘からボールに向かう様な、『インサイド・ストレート・インサイド』のバット軌道。

“ おめえ、硬式をかじってたのかい? ”

「江田島先輩、リトルは硬式ですよ」

“ ふん、生意気な。じゃあ、三球目いくぞ ”

 そんなやりとりも、タツ監督は覚えている。夢の様な時間だった。

 * 

 ……タツ、覚えているだろう、あのころの、おれの球を投げるぞ。左投げの江田島が、セットポジションから、右膝を高く上げ、投球動作に入っていく。クイック気味のモーションは流れる様に美しかった。背筋が伸び、頭は少し俯き加減で、けれど体のどの部分もまったく停止しない、澱みの無い動きだった。ステップは小さい。バッターボックスの鳥嶋は、その一球目、思わず体をのけぞらせた。ネクストバッターズサークルにいた新田は目を丸くして息を飲み電光掲示板の球速表示を確かめる。百五十六キロ。球場にどよめきが起きる。アナウンサーが解説の布掛にコメントを求めるが、彼は答えることが出来ず口を開いてぽかんとしていた。

 江田島が内角へと投げ込んだ球は明らかにホップして、キャッチャーの小倉は思わず球を弾き後逸しそうになった。小倉は、審判にタイムを要求し、ボールを交換してからミットを外し、痺れたのだろうか、しきりに手を振っている。球を受け取った江田島は、タツ監督の方を見て微笑む。見てるか?タツ。タツ監督は力強く肯き返す。江田島は次に、新田の方を見て笑った。見たか小僧。一瞬とまどいの表情を浮かべた新田は、すぐに笑いかける江田島を睨み返した。おっさん、調子に乗るなよ。絶対に打ち返したるからな。

 そうだ、その目だ。江田島は嬉しさに微笑み、再びセットポジションに構え、投球動作に入る。バッターボックスの鳥嶋は、コンパクトな構えで球を待ちかまえている。江田島はまた右膝を高く上げ、思う。小僧、この球をよく見ておけ。この球は、魔球ハリケーンではない。おれの、ほんとうの決め技だ。目ン玉に力を入れて、しっかり見てろ。江田島は腕を振り下ろす。指から弾かれたボールは唸りをあげてホームベースに向かいホップしていく。これが……、投球モーションが完了した江田島は念を込めた。

 これが、ニューヨーク・メッツのトム・シーバーが、フィラデルフィア・フィリーズのカート・シリングが、ヒューストン・アストロズのビリー・ワグナーが、阪急ブレーブスの山口高志が、東映フライヤーズの森安敏明が、江田島は心の中で念じ続ける。そして、これこそが作新学院の江川卓が投げたボールだ、究極のストレート、即ち究極の変化球、ライジング・ファスト・ボール。

 剛球が唸りをあげ回転し、グンとホップして伸びる。
 バッターの鳥嶋は反射的にのけぞった。


 (つづく)
by dbw1969 | 2005-11-29 00:33 | 物語
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   dbw (ケン一)


2004年10/1時点にて35歳独身の男性。日本在住。金属加工系の職人。顔は全くいけていない。食欲旺盛。ちなみに、メールは dbw1969●excite.co.jp
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