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【物語】 スピード☆キング (13)

 以下の記述は創作物です。

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 [ スピード☆キング ]

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 13.

 一対一、同点のまま、東京G軍と大阪T軍の最終戦は、最終回を迎えた。T軍は九回の表、左投げのセットアッパー、ジェフをマウンドに送る。通常、九回に投げるのは、ストッパーの久保谷であったが、延長戦となることも睨むと、スタミナがありロングリリーフの経験も豊富な久保谷を温存するのは当然の策といえた。ジェフは、G軍の打線を簡単に討ち取った。内野ゴロ、外野の浅いフライ、三振という、理想的な内容だった。T軍の本拠地である旧い大きな球場に、サヨナラ・ゲームを期待する声援が木霊している。ほとんどの観客が、T軍を応援していた。G軍のタツ監督は、九回裏、故障から明けたばかりの木畑をマウンドに送った。木畑の顔色は悪かった。なにしろ、故障明け初登板だった。ぶっつけ本番である。緊張しないわけがない。木畑は、すぐれない気分のまま投球練習を始めた。それを眺める番長が、木畑を手荒く勇気づける。「打たれたら張り倒すで。抑えたら、飯でも酒でも女でもおごったる。ビシッといけ、ビシッと」

 ところが、そんな番長のエールとは裏腹に、木畑は危ういピッチングをした。八番の藤原に粘りに粘られ、どうにかセンターライナーに打ち取ったが、九番に送られた代打の浜田に対しては、ひとつもストライクを取れず歩かせてしまった。次に迎えるバッターは、一番の鳥嶋だ。タツ監督は迷った。本来の出来ではない木畑をこれ以上続投させることは出来ない。リリーフを送らねばならない。選択肢は二つあった。松原か、江田島か。順当に行けば、ここは当然、リリーフ江田島の一手であったが、バッター鳥嶋は、江田島をあまり苦手としていないというデータが残っていた。鳥嶋は、江田島に対し三割を越える打率を挙げている。となると松原をマウンドへ送るという策も考えられるのだが、事はそう簡単な話ではない。松原は、プロの投手でありながら、クイックモーションを得意としていなかった。ランナーを背負う場面で急遽リリーフとしてマウンドへ送られると、本来の力を発揮出来ないことが多い。やすやすと得点を許してしまうこともしばしばあったのだ。とにかく松原は、自責点のつかないランナーには、簡単にホームベースを踏ませてしまうことが多かった。そうなると、もう打つ手はひとつしかない。タツ監督はベンチを出て、審判へと歩いた。主審に投手交代を告げる。「ピッチャー、木畑に変えて」

 タツ監督は、そこでひとつ呼吸を置いた。次の言葉を口にするのは、おそらく今日が最後だ。だけど、ここで「リリーフ松原」と告げれば、そして結果がどうなろうと松原を続投させ続ければ、来年もまたあの人と野球が出来るかもしれない。だけど、もう後がない。今日勝たなければ、優勝は難しくなる。明日のことも、来年のことも、今は考えられない。タツ監督は吐き出す様に主審へ告げた。「木畑に変えて、ピッチャー」江田島、と。リリーフカーが江田島を乗せてマウンドにやってくる。グローブを脇に抱え、マウンドに降りた江田島は、微かに笑みを浮かべていた。タツ監督からボールを受け取った江田島は、投球練習を始めようとしない。にこやかな表情を浮かべて、集まった内野手と監督に、江田島は話した。

 タツと番長には話してあるが、おれは今日で終わりでヤンス。今まで、どうもありがとう。お世話になったでヤンス。で、まあ、えー、その、お礼っていうのもなんでヤンスが、今日はですね、みなさんに、ほんとうのおれの姿を見て頂こうかと思っているのでヤンスよ。

 番長が怪訝な顔をした。「本当の姿?」
 
 うん、おれの、ほんとうの姿。タツは知ってるよ。なあタツ、おれ、あの頃に戻るよ。
 おまえが、かすりもしなかった、あの時のおれに、戻る。

 番長はタツに質問した。「監督、あの頃、とは?」

 腕組みしたタツ監督は、口をへの字に曲げたまま俯いて首を振り、小さく呟いた。「中学の時の話だよ。フリーバッティングで、十球連続、空振りさせられた」タツ監督は顔を上げて、江田島を見た。江田島は小刻みに肯いて嬉しそうだった。番長も笑った。「へぇ、監督がかすりもしなかったってほんまですか。江田島さんが中三で監督が中一ですよね。中一いうても、その一年前リトルで世界大会に優勝した時の四番で、MVPやったんでしょう、監督?世界一の小学生スラッガーやったわけやし。それやったら、中一いうても、ふつう中学レベルでは余裕で通用するんちゃいますか?」

 うん、タツ監督はマウンドを足で均しながら肯く。「他のピッチャーは楽々打てたけど、江田島さんだけは全く打たせてもらえなかった。ほんとにかすりもしなかったんだ」番長が再び質問する。「一球もかすりもしなかったって、そんなにすごいピッチャーやったんですか?ふーん、江田島さんって、中学ん時から、今みたいに七色の変化球を駆使して」

「違うんだ」タツ監督は番長の言葉を遮る。「違う」

 マウンドに、主審がやって来た。なかなか投球練習を始めない江田島に催促する。江田島は、投球練習は要らない、と答えた。主審は、不思議そうな顔をしてホームベースへと帰っていく。番長が監督に聞き返す。「違うって、なんなんですか?」

「江田島さんは」 タツ監督が話しかけた時、江田島が野手へ定位置に着く様に手を広げた。さあ、みんな戻った戻った、お話しはその辺で終わりでヤンス。いくぞ、みんな。おい、おめえら、ライトを見ろ、高山を見ろ。あの顔を見てみろ。勝ちたいって丸出しのあの顔だ。あいつが一番勝ちたいって顔をしてるでヤンス。あの顔で野球をやろう。負けるのなんかイヤでヤンスよ。勝つでヤンス。絶対に勝つのでヤンス。

 ベンチに戻ったタツ監督は、立ったまま、マウンドを見つめて呟いた。あの人は、変化球投手なんかじゃないんだ。江田島がグローブを嵌める。その時、選手、観客、関係者か否かを問わず、球場にいた多くの人々が、おや?と首を傾げた。江田島は、右手にグローブを嵌めた。そして、左手でボールを弾いて弄んでいる。右投げの江田島が、どうして右手にグローブを嵌めているんだ?と、多くの人間が驚いていた。バッターボックスの鳥嶋も驚いた顔をしていた。ネクストバッターズサークルの新田も唖然とした顔で江田島を見つめていた。

 解説席で、アナウンサーの横に座っていた布掛ですら、驚愕の面持ちだった。アナウンサーが思わず彼に問いかける。「解説の布掛さん、これはどういうことなんでしょう?江田島投手はいったい……」

 ぼくにもわかりませんよ、と布掛が答える。彼ですら見たことのない江田島の『左投げ』だった。ただ、以前食事した時、江田島がいった一言を布掛は思い出した。ヌノ、おめえと中学時代に対戦したかったでヤンスよ。あのころのおれの球を見せてやりたかったでヤンス。今とは全然違うフォームで投げてた、ってか、全然違うピッチャーだったんだ、おれは。布掛はその言葉を思い出し、江田島はもともと左投げだったのだ、と気がついた。

 驚いていないのは、タツ監督だけであった。タツ監督は事前に江田島から聞いていたのだ。江田島は試合前、マウンドで話す前から、タツ監督に、ほんとうの自分に戻る、と宣告していた。「あのひとは、もともと左投げなんだ。右投げをマスターしたのは十六歳からだ。子供の頃は左投げだった。変化球投手なんかじゃなかった。左投げのあの人は、本格派の速球投手だった」

 プレイボール、と主審の声がかかり試合が再開された。セットポジションの江田島は、左足でプレートを踏むと、右足を高く上げた。タツ監督は、万感の思いで胸が詰まり、呟いた。呟いた言葉は、江田島の古いあだ名だった。


 スピードキング。


 (つづく)
by dbw1969 | 2005-11-22 00:26 | 物語
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   dbw (ケン一)


2004年10/1時点にて35歳独身の男性。日本在住。金属加工系の職人。顔は全くいけていない。食欲旺盛。ちなみに、メールは dbw1969●excite.co.jp
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