人気ブログランキング | 話題のタグを見る
【物語】 スピード☆キング (9)

 以下の記述は創作物です。

 *

 [ スピード☆キング ]

 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話  第八話

 9.

 大阪T軍と東京G軍の『天王山』は、白熱した戦いとなっていた。一戦目は、互いの先発投手が奮起し、両チーム相手に得点を与えぬまま延長に入り、十回裏二死、T軍がやっと一点を入れサヨナラ勝ちをおさめた。勝利打点をあげたのは六番を打つ助っ人外人のロベルトであった。ツーナッシングに追い込まれた後、ロベルトは外角からボールゾーンへとへ逃げるスライダーにヤマを張って――今シーズン通して苦しめられた苦手コースだ――、投球はその通り来た。ロベルトはバットの先ながら、その球を捉え渾身の力で振り抜く。一塁ベース上には粘ってフォアボールを選んだ新田がいて、彼はロベルトの打球がG軍のライトを守る高山の頭を越えると確信し、ライナーの行方を確かめることなく猛然とダッシュした。高山のグローブは新田の判断通りライナーの打球には届かなかった。ボールが外野を転々とする中、新田は必死で走った。三塁に到達した時、サードベースコーチが止まれと新田の走りを制止したが、彼はかまわず本塁を狙ってサードベースを蹴った。高山がライトの定位置より少し深いところから、本塁へ送球する。オリンピック代表、すなわち全日本チームで主将を張った高山は、肩の強さに定評があった。それを見越してのコーチの判断だったが、新田はそれを無視した。絶対に帰ってやると決意してやや前傾した姿勢を保ち新田が猛スピードで走る。高山の送球も唸りをあげて本塁に届かんとしていた。送球は満員のスタンドで見守る観客は、クロスプレイ必至の展開に、悲鳴や雄叫びをあげ始めた。新田が頭から滑る。ヘッドスライディングだ。キャッチャーはストライクで帰ってきた返球をしっかり受けとめ、新田へとタッチを試みたがそれは届かなかった。回り込んだ新田の手はタッチされる前にベースへ届いていた。T軍のベンチから選手が飛び出してきて、サヨナラ勝ちを全員で喜ぶ中、G軍のメンバーはうなだれて引き上げていった。

 二戦目はG軍が序盤からリードするかたちで、八回を終わってT軍が三点差を追う展開となっていた。九回裏、七回から投げ続けていたG軍のリリーフエース・松原に疲れが見え始めていた。勢いのあるT軍の打線は、疲れ始めた松原に容赦なく襲いかかる。その上、故障者が続出したG軍の内野陣は、一塁を守る番長を除いて、極度に緊張した状態のまま守備をしていた。その不安な内野陣はやはりミスを重ね、ワンアウト後、ワンヒットをおいてエラーからフィルダースチョイスという、最悪な展開により、簡単に一点を献上してしまった。その次のバッターが外野に犠牲フライを打ち、残ったランナーが進塁する。ツーアウト二塁三塁の状態で、新田がバッターボックスに立った。その瞬間、キャッチャーが立ち上がる。ベンチの指示は、「新田敬遠」だった。塁を埋めてから次のバッターで勝負することをタツ監督は選択した。松原は悔しいと思ったが、当然逆らうことが出来なかった。大ブーイングの中、新田は敬遠策をとられ、一塁へと歩く。そこで、ブルペンから江田島が出てきた。肩慣らしの前、集まった内野陣に江田島は笑った。打たせねえから、寝ておけばいいでヤンスよ。一塁の番長が笑って答える。「ほな、そうさせてもらいますわ。みんな、目ぇつぶっとこか。大丈夫や、江田島さんに任せよ」

 だが、番長は江田島の体が万全でないことを知っていた。タツ監督と同じく、終盤戦、肝心な場面で苦悶の表情を浮かべて投げる江田島の様子を番長はおかしいと感じていた。投げ終わった後、青白い顔をしてベンチへと戻る江田島を、番長は何度も見ていた。そんなとき番長は江田島を気遣う言葉をかけるのだが、江田島はほとんどの場合、冗談を言って誤魔化した。疑惑の晴れなかった番長は、T軍との三連戦に入る前、江田島に、タツ監督と同じことを質問した。故障しているのではないかと訊いた。江田島は番長を人目のつかないところへ誘って、今年で現役を辞めるつもりであることと、解説者の布掛とタツ監督しか知らない秘密、その二つを教えた。告白のあと、江田島は番長に訴えた。だから、打ってくれでヤンス、番長。おれはあとふたりしか対戦出来ないのでヤンス。なにしろ、こんな緊迫した状態で戦うことを知ってるのはおれとおめえのふたりに、あとは高山ぐれえだ。だけど、残念ながら、もうおれはたいした力になれねえのでヤンス。頼む。打ってくれ。タツを胴上げしてえんだ。番長は、涙目で肯いた。彼も、子供の頃、江田島に憧れていたひとりだったのだ。

 少しいい当たりを打たれればそれだけで確実にゲームが終わるという、最も苦しい最終回二死満塁の場面、内野手を集めサインの確認をしながら、江田島はマウンドで計算した。このケースで三塁ランナーが本塁を踏むパターンを思い浮かべる。ホームラン、三塁打、二塁打、単打、内野のエラー、フォアボール、デッドボール、キャッチャーのパスボール、各塁への牽制悪送球あるいは野手のパスボール、ボーク、それらの状況から更に枝分かれするありとあらゆる可能性を、何通りも、瞬時に江田島は計算していた。中でも特に、内野へと転がるケースを江田島は詳しく想定した。満塁なのでどの塁でもアウトは取れる。だが、自軍の守備の脆さと相手ランナーの足の速さを天秤にかけると、やはり、このケースで内野ゴロを打たせるのは危険だ。ツーアウトの状況なので、内野への単純な浅いフライか、外野の定位置のフライ、あるいはファウルフライならばどこでもいい。もっとも理想的なのは、三振を取ることだ。万が一ゴロを打たれた時のことを考える時、最も不安要素が多いのは、二軍から上がったばかりの選手が守る三塁で、一番安心なのが番長の守る一塁だ。もし、外野への鋭い当たりを打たれるとしたら、ライトの高山のところへ飛べばなんとかなるかもしれない。最終的に右方向へ打たせる組み立てをする。目標は三振を取ること。バッターは昨日サヨナラヒットを打ったロベルトだ。中途半端な攻め方は出来ない。どういう組み立てをしようか。江田島は、ツースリーのカウントまで勝負を伸ばすと皮算用し、キャッチャーにその意志を伝える。キャッチャーの判断も同じだった。確認を終えると、江田島はキャッチャーに付け加えて呟く。そんでもってよう、カウントがツースリーになったら、××にミットをかまえておくれでヤンス。キャッチャーは「……?」という顔をして訊き返した。「球種は?」

 江田島はちいさくささやく。

 魔球ハリケーン、でヤンス。

 予定通り、見逃しひとつとファウルひとつ打たせボール三つ、ツースリーのカウントになった時、江田島は慎重にマウンドを均し直した。そこでキャッチャーが一度、江田島の指示した××にミットを構える。江田島が肯く。セットポジションの江田島はグローブの中でボールの縫い目を確かめ、投球動作に入った。いつも通り少し猫背だが、いつもより膝の伸びたフォームだ。そしていつもより腰の入り方が深い。蹴りだした左足の歩幅が若干狭い。肘の絞りは深い。振り出していく腕は、いつものスリークォーターよりもかなり高い位置にある。手首のリリースはコックをギリギリまで我慢し、しかし球離れは高い位置を保った。江田島の指から弾かれたボールはロベルトには「外角中程のまっすぐ」にしか見えなかった。もらった!と思いバットを振ったロベルトだったが、そのスイングは途中でゆるみ、ブレた。ロベルトは空振りし、ボールはキャッチャーミットに収まっている。ミットの位置は外角高めの、ストライクともボールとも言えないギリギリのところにあった。とにかく、これでゲームセットとなり、G軍は第二戦をなんとか勝ちきった。G軍の選手達はマウンドに集まり歓喜の声をあげている。一塁にいた新田は、ロベルトが三振した瞬間、電光掲示板の球速表示を確かめた。表示された球の速さは、百四十キロだった。新田にはそれが信じられなかった。確かに、江田島がここ数年記録したスピードよりは段違いに速かったが、新田が問題としたのはそういうことではなかった。新田は、まだバッターボックスにいて呆然としているロベルトに近づき、習い始めたばかりの英語でたどたどしく質問した。ロベルトはようやく顔を上げると、歓喜の輪の中にいる江田島を呆然と眺めながら答えた。

「途中で、ボールが伸びて、膨らんだ。なんだあの球は?見たことがない。今まで見たことがないボールだ。新田、一塁からあの球はどう見えた?膨らんでいなかったか?なんなんだあのボールは?江田島は、魔法を使ったのか?」


 (つづく)
by dbw1969 | 2005-10-22 00:26 | 物語
<< 【物語】 スピード☆キング (10) 【物語】 スピード☆キング (8) >>




by dbw1969
カテゴリ
ケン一は語る
ケン一のマメ知識
双子の兄が語る
*ものがたり
物語
はなし・四分の一
シブログ(現代詩)
音源
携帯電話より
著者について
 【Writer】
   dbw (ケン一)


2004年10/1時点にて35歳独身の男性。日本在住。金属加工系の職人。顔は全くいけていない。食欲旺盛。ちなみに、メールは dbw1969●excite.co.jp
(●=@です)


【THANKS!】
Mr Atom
Mr Kenzo


その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

takumi